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私が裁断台を作る決心をした日②
見本は偉大
前編では、私が裁断台を作る決心をしたきっかけを書きました。
こちらでは、その後どうやって裁断台を手に入れたのか。
そして、なぜ私が「見本は偉大」だと思うのかを書こうと思います。
裁断台が必要になった
指を縫ったことで、私ははっきり理解しました。
【もっと気を付けよう】ではありません。
環境を変えなければいけない。
でした。
床で丸刃裁断機を使う。
これはコードがあるため、非常に危険なのです。
コードを切る危険は今後も続きます。
生地を引っ掛ける可能性だってあるし、早急に改善しなければならない。
何より、自分が働き続けるために必要不可欠です。
だから裁断台が必要でした。
ところが当時の私には新品を買う余裕がありませんでした。
住宅ローンもあります。
子供も3人います。
出費はいくらでもありました。
だから後回しにしていたのです。
先輩の裁断台
そんな時、仕事を辞めることにした先輩がいました。
私は思い切ってオネダリをしたんです。
「先輩、仕事しないことにしたんでしょ?」
「だったら裁断台も使わないでしょう?」
「どうしても必要だからくれませんか?
「取りに行くので、どうにか助けて」
今思えば、かなり強引です。
でも本当に必要だったのです。
先輩の裁断台はお父さんがしてくれたものなのです。
遠くまで取りに行きました。
苦労して運びました。
やっと裁断台を手に入れたのです。
これで解決する。
心からそう思い、安堵したのを覚えています。
半年で分かったこと
ところが半年もしないうちに分かりました。
足りない。
仕事で使うには長さに無理がある。
用尺を広げられないため型紙がちゃんと入るか確認できなくて
裁断が怖くてできません。
自分の仕事量には合いませんでした。
せっかく譲ってもらったのに。
苦労して運んだこと、お父さんの手作りと思うと
何とかしたいのは山々でしたが、どうにもなりません。
でも今振り返ると、あの裁断台は無駄ではありませんでした。
むしろ、あったからこそ今の裁断台があります。
見本は偉大
私は大工仕事の知識はありません。
木工工作の経験もありません。
それでも裁断台を作れました。
なぜか。
見本があったからです。
どんな材料を使っているのか。
どこで支えているのか。
どうやって組み立てられているのか。
目の前に実物がありました。
だから考えることができたのです。
見本は偉大です。
ゼロから考えるのと、見本を見ながら考えるのでは全く違います。
コンパネを4階まで運ぶ
だったら作るしかない。
そう思いました。
私は厚さ25ミリのコンパネを買いました。
180cm×90cmです。
今でも忘れません。
とにかく重い。
フラフラしながら台車に乗せて、車に積みました。
そして階段しかないマンションの4階まで運びました。
ハッキリ言って家にこもって
ミシンばかり踏んでいる運動不足の私に
25mm厚さのコンパネを担ぎ上げる体力なんかありません。
途中で何度も休みました。
息が整うのを待つというより、背負う運命と戦うような気がしました。
また持ち上げ数段上げて、また休む。
正直、血を吐くほど重かったです。
でもやめようとは思いませんでした。
必要だったからです。
仕事を続けるために。
服を作り続けるために。
だから運びました。
柱も運びました。
材料も運びました。
運び終わったその直後に
やったこともない大工仕事をしました。
経験も知識もなかったけれど、見本がありました。
だから作れたのです。
服作りも同じ
今振り返ると、この経験は服作りとまったく同じだったと思います。
私は裁断台を自分で考え出したわけではありません。
見本があったから作れたのです。
服作りも同じです。
既製服には、たくさんの情報が詰まっています。
どうしてここに縫い目があるのか。
どうしてこの形になっているのか。
どうしてここに芯が貼ってあるのか。
完成品を観察するだけでも学べることはたくさんあります。
人は何もないところから作るのではありません。
良い見本を見て、考えて真似をする。
見よう見真似で工夫して、少しずつ自分のものにしていくのです。
工夫は希望になる
私は努力を否定しません。
努力は大切です。
でも努力だけでは苦しくなることがあります。
もっと良い方法はないだろうか。
もっと楽になる工夫はないだろうか。
そう考えることも同じくらい大切です。
裁断台もそうでした。
丸刃裁断機は特に慎重な工夫を要しました。
私はずっと改善を繰り返してきました。
服作りも同じです。
ズレる。
ねじれる。
思ったように仕上がらない。
そんな時に、
「私が不器用だから」
で終わらせてしまったら、そこまでで終わりなんです。
原因を探す。
出来る工夫を試してみる。
トライアンドエラーを諦めない。
やっているうちに少しずつ楽になります。
少し楽になると、改善点がハッキリしてくることもあります。
私はそれを何度も経験してきました。
だから今でも思います。
工夫は楽をするためだけにあるのではありません。
続けるためにある。
そして希望を失わないためにあるのです。






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